味園ユニバース感想

茂雄とポチ男

襲われて、お金を盗られても気にせず、それでもピストルだけには手を伸ばして探した。出所して、あるいは入所中から子どものことばかり考えていた?

 茂雄は薄暗く悪い目をしているけど記憶をなくしてポチ男になってからはどこか晴れやかな表情で、その目は輝いてすら見える。後にカスミが言うように「選んできたものすべて間違い」だった茂雄が、その間違いだらけだった過去がないことで、ポチ男として生まれ変わったことで広がった希望や生まれた可能性が感じられた。声も、茂雄は低くポチ男は高い。

 鏡の前で「知らない顔」を見て「だれ?」というポチ男としての最初のひとことには素直な疑問が、ふたことめの「・・・誰や?」には怯えがみえる。 

公園で寝てる時には血まみれのTシャツはすでに洗ったあとがある。記憶をなくして子どものようになったポチ男にも多少は生活能力は残っている?

 

カスミとの出会い

 公園での赤犬のライブ。この時のポチ男は音楽に導かれた、というよりは音がするから近付いた?でもそのあとマイク奪って「古い日記」・・・音楽の刺激が記憶を呼び戻す鍵?

 カスミの周りは男ばかり。赤犬、おじい、女はマキちゃんのみ。男の集まりの中にいるから「男女」をにおわされると嫌悪を感じる?常連客の「(ポチ男に対して)コレか?」にも「しょーもな」

 警察に取り押さえられる人を見て何かを思い出しかける。逮捕された時の茂雄だった自分?「わからんねん」とカスミの肩を掴むときの加減のなさは「茂雄」のせい?「子ども」のポチ男の無邪気な暴力性?

 「絵ヘタやなぁ」と言われて、ポチ男に掴まれてあざができた左肩にグーパンチ。仕返し?

 

はじめてのライブ

鼻歌について初めて聞いたかと聞かれたときの「そうやったかなぁ」はうそついてる?

 初めてのライブでは歌っているのに生気がない。歌わされてる?ライブでは緊張してる?乗せられた神輿に緊張する、人間らしさが出てきた。

 いざ古い日記を歌おうとするとお父さんの声で再生され始めた。カセットテープの存在も見えた。カセットテープが止まってお父さんの声もやんで、涙目。思い出しかけたポチ男にカスミも気付いた?

 

記憶と世界のゆくえ

自分が気になった物を集めることで自分と関わりのあるものを探し、記憶の補填をしようとする?ポチ男に他人であるカスミからブルースハープをポチ男の物として渡す。記憶を取り戻しかけたポチ男に気付いたカスミによる記憶の書き換え?

 カスミの世界「おじい、スタジオ、マキちゃん、赤犬

この話にポチ男は集中できていない?カスミの指に集中している?

 「ありがとう バンドやらせてくれて」

 「指長いなぁ」はポチ男的には見たまんまを言っただけの深い意味のない感想。だけどポチ男を自分の世界のひとつである赤犬の穴を埋める存在、歌としての存在でしか見ていない、他のなにもかもがむだで、意味がなくて、邪魔だとすら思えてしまうカスミにとっては、ポチ男のその指摘にぞっとするような「男」という性別を、初めてポチ男に「男」を感じてしまい、いらんことするな、アホらしい、という自分への戒めも込めてのあの反応?

 ポチ男ノートで整理。記憶が戻ったら・・・ここから意図的に思い出させないようにし始める?赤犬のために、赤犬という自分の世界のために。

 ポチ男の世界「この曲(古い日記/ポチ男はタイトルまでは思い出していない?)」
カスミの世界の話、やっぱり聞いてた。

なくしたほうの記憶にも価値がある、と言わない。それをあえて追いかけようとはしない。必要な記憶じゃない、まっさらな、歌しかないポチ男になるために、記憶がなくなることこそ必要だった。だからカスミや赤犬との物語がいっそう愛おしく、のめりこめる。

 

本当の記憶

 ポチ男がすべてを思い出す前に、思い出させないために?急遽ワンマンライブを入れた?「過去がないなら未来を作ればええだけの話」これはポチ男の未来のためでなくカスミ自身の世界のため?カスミのいうポチ男の2本目は?ワンマンライブ?赤犬?歌?

 受け取った、「茂雄」のものであるカセットテープをカスミ自身はポチ男に渡す気がなかった?「工場はつぶれてた」など、記憶を途絶えさせるような嘘をつく。ポチ男が茂雄にふれる機会を断ちたかった?「それでもうちはあんたの歌が必要や」は「ポチ男が追い求める記憶への道を断ってでも自分の世界にはポチ男の歌が必要」?

 クズだった茂雄の記憶への反応は逃走やからだの不調にあらわれる
歌が好きだった記憶は求めてしまう、探してしまう、思い出したい

カスミが ポチ男に優しくされてむっとしたり複雑そうな顔をするのはそういうポチ男を求めていないから?

 

茂雄とカスミ

 お父さんの「古い日記」をポチ男の耳に入れるにはそれを「わからずに」「偶然のように」再生し始めてしまう「あの」おじいが必要だった。

 「おとうちゃんの言う通りやな」「おまえはどないしたんや」は本当におじいの言葉?

 ショウの言う「戻ってる」は記憶のことでなく「茂雄」の目の色をみてのこと。

 「そんな金にならんもんやっても意味ない」

「意味がなくても、見たいだけ」すがりかけて突き放す「こっからはあんたが決めろ」

 

ココロオドレバ

アンコールのココロオドレバはフィクションじゃないように見えた。渋谷すばるに見えてしまった。

最後のカスミの、それまでのどれとも違う、おかしさを噛み殺すような「しょーもな」には「クズがいっちょまえに、きもちよさそーに歌て」といううれしげなあきれも見えるし、むりやり伏線を回収するなら「影武者が前出てどうすんねん」と、この状況を楽しんでいるようにも聞こえる。そしてそれを知ってか知らずか、うかがうようにはにかむ笑顔を見せる茂雄。何も解決していなければ、何も「いい」ことだってない。それでもいい。それがいい。後にも先にも進めない閉ざされた世界の中で、ふたりぶんのココロが踊るなら、それはちっとも「しょうもない」ことなんかじゃない。

 

DVD発売後追記(8/18)

初めはポチ男を歌わせることやポチ男の歌を聞くことにわくわくして、ただ楽しんでいたカスミ。ポチ男の歌を聞くたび、カスミの世界の4本目、赤犬の足らないところを埋めるためだったポチ男の歌に穴埋め役だけには留められない魅力を感じるようになっている?ポチ男がカスミの5本目の「世界」になりつつある。

古い日記がポチ男の記憶を呼び戻す引き金になることに気付いたあとはそれまでは楽しげに、どこかうれしそうにポチ男の歌を聞いていたカスミが「電気代もバカにならん」と理由を付けて「ポチ男が古い日記を歌うこと」をやめさせようとする。「歌うこと」はかまわない。歌は聞きたい。歌ってほしい。だけど「古い日記」はダメ。思い出しちゃダメ。その後決まったワンマンライブの構成にきっと古い日記は入れてもらえない。気付いてしまったらくずれそうなあやういバランスが均衡を保つための根回しや嘘に、カスミの意外なもろさが見えて切なくなる。