「関ジャニ∞の元気が出るLIVE!!」初日を終えて

2015.12.13 関ジャニ∞の元気が出るLIVE!! 札幌ドーム

 

 

 

○開演前(メンバーによる注意事項読み上げ、アメコミ調のイラストで映像あり)

 

○オープニング(地下鉄福住駅を出て札幌ドームへ向かうメンバー)
わたしたちオタクは交通整備の人から「エイターのみなさーん!こちらへどうぞー!エイターのみなさーん!!!」と何度も集団名を連呼されるという羞恥心と戦いながらドームまでの道中をひた歩いているので、関ジャニ∞のみなさんも「エイトのみなさーん!こちらです!エイトのみなさーん!!!」を経験してみたらいいと思う。

 

○キングオブ男!
○へそ曲がり
○がむしゃら行進曲
○前向きスクリーム(間奏で駆け足ぎみに挨拶)
○モンじゃい・ビート
ニズム時のアー写のスポーティ衣装+JBそりそり衣装を足して2で割ってスポーティ多めにしたような衣装だった。これまでキングオブ男の衣装はどれも素晴らしいクオリティできていたので、ついにキン男様までトンチキ衣装の餌食に・・・!と衝撃をうけた。モンじゃいの歌割に合わせてるんだろうけど、両サイドにある花道に三馬鹿と年下組でわかれていた。もちゃもちゃ固まる年下組に対してそれぞれの感じで花道を通過する三馬鹿が渋かった。ひなすばちゃんは揃ってカメラアピしてるのに横ちゃんは気付いてないのか入ってきてなくて惜しかった。

 

○ふりむくわけにはいかないぜ
○宇宙に行ったライオン
○言ったじゃないか
○Heavenly Psycho
「ふりむくわけにはいかないぜ」はリズムをとるのが難しい?からバンドでやるのは大変そうだと雑誌で言っていたので、それでもちゃんとバンドで準備してきたのは「おっ」と思った(なめとんのか)あとアルバムの曲順のこともあってエンディング感が強いと思っていたので序盤のバンド曲一発目というのにびっくりした。良いとか悪いとかでなく、このセトリを並べた人はあんまりロマンチストじゃないのネと思った。開演前からレールらしきものを見つけていたのでそわそわしていたらムビステバンド!JB遺族なのでムビステバンドはだいぶ好き。センステまで移動。ライオンにはズッコケたけど、ドリフェスが効いてるなぁというか、やはりドリフェスのセトリがツアーありきだったと言うべきか・・・でも言ったじゃないかは大好きなので何回でも見たいし何回でも目の前でシャウトされて自分に置き換えたい。リサイタルでも言ってたけど、セリフのところで大倉くんが「大倉くんの顔が好きって言ったじゃないか!」と言い換えていて、大倉くんの自我(?)を感じた。ヘブンリもよかった。天国連れてってもらってるなぁ・・・。

 

○ズッコケ男道
バンドじゃないやつ。ムビステでセンステまで移動してきたので花道などを使ってメインステへ移動。

 

○ブリッジ映像(楽屋に戻ったエイトのもとに後輩が挨拶に来る→あの子らにも歌わせてあげたら?)
ざわつく。メンバーの楽屋トークに参加せず二人がけのソファに座って指を絡ませながら黙々とあやとりを続けるヨコヒナに戸惑いすぎて肝心の楽屋トークが聞き取れなかった。こういう、セリフはないのに無言の存在感で笑いと注目をぶんどっていく感じ、めっちゃすばるくん考案っぽいなぁと思うけど、どうなんだろう。

 

○CANDY MY LOVE
○バリンタン
キャン!ジャニ!ちゃん!!!今度は本業で(?)会えたね!制服とかつらはいつものものだけど(錦子はバンダナあり、すば子だけ超ミニスカートで本人曰く「心配してください。履いてないですよ」というノーパン設定)ノーメイクなので三十路感はとても強い。振り付けが清楚でとてもかわいい。からのトークで繋いでバリンタン!バリンタンをキャンジャニちゃんコーナーにあてがうとは・・・カワイイ×カワイイが文句なしにかわいくて、ここで最も演出の妙を感じたかもしれない。

 

○ブリッジ映像+トーク(好きな人を紹介:安田→村上→錦戸→丸山→横山→大倉→渋谷、紹介後順番にはける)
映像はふわっとしたけどこういう茶番はもはやエイトの十八番だから・・・!

 

○夏の恋人
リサイタルのジャニーズメドレーを彷彿とさせる衣装。ここまでがかなりエイトらしさとアイドルらしさのせめぎあいで「関ジャニ∞というアイドル」と「もしも関ジャニ∞がアイドルだったら?」というふたつの像をいいあんばいでまぜまぜしているところが関ジャニ∞がアイドルでよかった!!!!!と震えるところ。とてもよかった。

 

○MC
グッズのこと、紅白のこと、流行語大賞のこと、ファンサのこと、アルバム特典の夏休み旅行のこと。
太平洋とホタテのくだりをみんなよく覚えていて、どんだけ日常茶飯事&印象的な出来事だったのかと・・・かわいい・・・。

 

○渇いた花
ステージにふたりだけになる。昔話に花を咲かせながら、花びらがひとつずつ丁寧にほころぶような、かといって儚いばかりではなくすばるくんの強さに必死に食らいつく村上さんのひたむきな姿勢がただただまぶしい渇いた花。こういう「完成」もあるんだなぁと、しみじみ、すばるくんに感謝です。死ぬほど泣いたので、以降微妙に記憶がない。

 

○バナナジュース
ビジュアルの組長と若頭感と曲のかわいらしさが最高にマッチしていた。亮ちゃんのサックス、様になりすぎ・・・。

 

○my store~可能性を秘めた男達~
かわいかった。一瞬の組体操びっくりした。涙が出るね。

 

○LOVE&KING
みんなきた。もうそこまでマイナス感情は多くないけど、やっぱりどれだけがんばっても、まだフラットにしかなれない。

 

○ブリッジ映像(寿司アンルーレット)
どこかの始末屋さんみたいだった。と同時に、むかしスマスマでやってた「裏切り者」というコントを思い出した。札幌はアタリがまるちゃんだった。全員分撮ってないかなぁ。日替わりないかなぁ。

 

WASABI
WASABIにかけての先の映像であったことに、WASABIが始まる頃になって気付いた。よくできているというか、メンバー全員でダジャレを仕掛ける妙。これも団体芸のひとつなのか?WASABI自体は唯一のダンス曲ではあれどゴリゴリに踊る曲というわけではない。

 

○韻踏ィニティ
○ナントカナルサ
LOVE&KINGからWASABIまでがバクステなのでこの曲で戻る。移動曲。

 

○侍唄
High Spirits
○勝手に仕上がれ
○LIFE~目の前の向こう~
バンド。キーボードしてる時の村上さんの肩の動きが気になった。いつもあんな感じだったかな。しかし勝手に仕上がれは楽しいなぁ。ドリフェスの時のことを村上さんとまるちゃんは「緊張したけどステージの上にはメンバーがいて、隣を見ればいつもの顔があったから安心できた」と言っていたけど、わたしもドリフェスの時はとにかくこの場を盛り上げなければならないという「関ジャニ∞を殺してなるものか!!!」というぶっとんだ使命感がわいて、わたしのまわりには全然エイトファンがいなくてちょっと孤独だったけど、そうとも言ってられないので声出して踊ってペンライト振りまくってて。そんなドリフェスの後に札幌での勝手に仕上がれのコールを聞いて、ここはまったくアウェーじゃないんだ!ここにいるみんな(きっと)関ジャニ∞のことが大好きなんだ!ひとりじゃないんだ!関ジャニ∞は今ここで生かされているんだ!という、なんともいえない安心感があった。エイターはみんなトモダチ!タイプではまったくないけど、やっぱりホームっていいなぁと思った。あらためて、ドリフェスお疲れさまでした。

 

○挨拶(渋谷)
「今年はこんな感じです。みんながいま感じてることが僕らの言いたいことです。できないことはやらない。無理せず全力で。これからも関ジャニ∞をかわいがってやってください。最高のツアーのスタートが切れました」ニズムでの台本感が嘘のように感情豊かだったのでわたしのようなものは容易に渋谷すばるという宗教にのめり込むのであった。

 

○オモイダマ
バンド。ドリフェスとツアーで繋がってる部分も多い。というか、ドリフェスでやってたことはだいたいツアーにも入っている。また見れてうれしい。リサイタルの無限大レベルで「ラーラーラーララー」の部分を歌わされる。それもこれも、すばる様の仰せのままに・・・。

 

○CloveR
○急☆上☆Show!!
○あおっぱな
無責任ヒーロー
ここからアンコール。まるすば、ひなりょ、くらやすが気球に乗って、横ちゃんがラブミーテンダー的な、ソロコンのオープニング的な宙ぶらりん登場をしていた。ちょっとおもしろかった。曲数は多いけどどれもちょっとずつでちょうどよかった。まだ何曲かあったかもしれない。

 

○挨拶(錦戸)
曲に繋げようとしているのにあと一歩のところで繋げられない・・・っていうもどかしさがJBのここにしかない景色前の挨拶を彷彿とさせた。

 

○元気が出るSONG
ずっといっしょ。

 

 

 

○感想
どれもこれも楽しかったし大きな不満もなかった。が、大きなものがなかっただけでゼロではない。この公演に限って言うと歌詞間違いも目立ったしどこが!とは言い難い全体的にふわっとした雰囲気も否めなかったけど、それはそういう初日らしいアレということで・・・あとは、ムビステはもうちょっと使いようがあると思うし、ダンス曲が少ないので個人的には見ごたえに欠ける・・・とは思ったけど、そこに関してはキャンジャニちゃんでカバーされたのか、思ってたよりもがっかりではなかった。でもやっぱり、人殺しみたいな顔して踊る村上さんは今年も見たかった。移動曲にするにはもったいない曲もあったけど、その曲がアルバムの新曲のため、移動という場面においてはよく持ってくるシングル曲よりも楽しめた。ブリッジ映像のネタ&茶番もライトな感じで楽しめる。そう、全体的にライトな感じ。ツアーのテーマがそうさせるのかもしれないけど、個人的にわたしがエイトに期待しているそこはかとない重みや、まぁハッキリ言うと「宗教」的な部分はほとんどなかった。ロマンチストクソ野郎のわたしにはそれがちょっと味気ないというか、物足りなさすら感じた。でも、個人的なこだわりが満たされないことによる物足りなさはあれど、内容的にはおおむね隙もなく、致命的な欠点のないよいコンサートだったと思う。と、そんなことを思いつつも、やっぱり空を掴むような感覚は拭えなかったので、これから回を重ねるごとにいい味が出てくるのかなぁ、と期待と不安でいっぱいです。ともあれ今年のツアーは「こんな感じ」。まだまだ始まったばかり。どんな風に変わっていくんだろう。楽しみながら見守っていたいものです。

ドリフェス経由元気が出るLIVEゆき

「去年ひとりで出たすばるの功績あってのもの」という。「すばるくんが連れてきてくれた」という。
「こんなところまで連れてきてしまった」、わたしの目にはそう映った。ドリームフェスティバル2015、最終日のこと。

 

わたしは村上さんがバンド活動のことを好きでも嫌いでもどちらでもなくても仕事だからちゃんとやる、程度のものにしているとしても、理由や動機がどうであれ、そうとなれば村上さんは本当に「ちゃんと」やる人だから、それでいいと思っていた。どの程度でもいいと思っていた。程度なんてどうでもいいと思っていた。だけどそんなバンド活動に対するグループの方向が、雰囲気が、強力な士気が、バンド活動に対する村上さんのフラットなスタンスをゆるさないようで、足並みがずれているようで。大切にしているものや捉え方、意識の向け方が違う気がして、それがずっと違和感で、うまく納得できなかった。それなのに、コンサートに行くまではその状態でずっと悶々としているのに、いざコンサートでの「関ジャニ∞」を目の当たりにしてしまうと、そんな葛藤が一気に覆されてしまう。正確には、納得できていないのに、突き動かされる。その暴力的な強制力に、くやしいけど抗えない。こんなにもあっけなくひっくり返されるような葛藤じゃなかったはずなのに、いとも簡単に形を変えて愛してしまう。

 

わたしはきっと、関ジャニ∞を目の前にしていないと、ファンであることを続けていけない。関ジャニ∞がコンサートで見せてくれる暴力のような衝撃がないと、わたしは関ジャニ∞と一緒には生きていけない。だからわたしはコンサートに行く。自分ひとりで考えてるだけじゃ納得できないことばかりだから、からだのすみずみまで関ジャニ∞を叩き込むために、コンサートに行く。村上さんのことが好きだ。言葉にならないくらい、好きで好きでたまらない。関ジャニ∞よりも好きだと思うときだってある。だけど関ジャニ∞に引っ張ってもらっていないと、わたしは前を向いて村上さんのことが好きだということができない。愛が憎悪を引き寄せるのに、憎悪に負けない愛の強さも同時にこぼれ落ちる。くやしいけれど観念するしかない矛盾。認めてしまった方が早い。

 

関ジャニ∞は今、どんな夢を見ているんだろう。それは誰の夢なんだろう。誰の夢なら熱いんだろう。誰の夢なら叶ってもいいんだろう。誰の夢が今まさに、叶おうとしているところなんだろう。村上さん自身の叶えたい夢が見えないのはいつものことで、それは教えてくれなくていいし見せてくれなくたっていい。だけど、かといってグループに夢を見ているようにも見えない。そんな状態で叶った「夢」を前にして、村上さんはどんな顔をするだろう。どんな言葉で祝福するだろう。そしてもしも、メンバーの100%の意が関ジャニ∞に反映されないなら。関ジャニ∞のゆく道を決めるのも、当たる光の質を決めるのも、どちらも「関ジャニ∞」ではないのなら。人質なのは村上さんだけでなく、関ジャニ∞そのものなのだとしたら・・・だとしたら、だとしても。これから叶う夢にもきっとあふれるような希望があり、そこには関ジャニ∞の笑顔がある。関ジャニ∞の熱がある。それだけで今は、きっとじゅうぶん。

 

それでも、出番終わりのバックステージで「楽しかった!」と言う村上さんの笑顔だって、きっと本物だったと信じたい。だってあんなにいい笑顔を見られることなんてそうないもの。楽しいことが大好きで、どんなことだって楽しんでやろうとする村上さんの「楽しいこと」の中に、関ジャニ∞でのバンド活動が入っていてほしい。好きじゃなくても楽しんでほしい。あんな笑顔になれるんだから、もうきっとずっと「楽しい」ことになっちゃってるって信じてる。初の音楽フェスのアウェー感を盛り上げるための「関ジャニ∞のファンは一部」というふれこみには、多少の美談も含まれてはいるけど、それならそれでいい。関ジャニ∞初の晴れ舞台を盛り上げるために、本当は、全国各地からあなたたちのファンが集まっていたことは、一生知らないままでいい。その緊張感があの空間を、一体感を、笑顔を生んだのだろうから。

 

 

あなたたちが夢という言葉に詰め込む希望を信じて。
会いたかった。楽しみにしています。今年もどうぞよろしくね。

ドリフェス2015後日談

2015.11.26 レコメン

 

まるちゃんの「はじめては一度きり。じっくり味わってドキドキを楽しんだもの勝ち」という言葉が好きなリスナーさんからのメールをうけて

「なんかそんなつもり、人のために書いた言葉じゃなかったんよ、それ」
「でもこれは僕ら先日のテレビ朝日さんのなぁ、ドリームフェスティバル」
「そうだね」
「お邪魔させていただいた時のドキドキは・・・なぁ?はじめてのドキドキやったしこの歳でこんなドキドキ味わえるって幸せやなぁって話を楽屋でしてたとこやんか」
「そうそう。いやもほんとにそのー、メンバーっていいなって思ったわ。だってすばるくんはさぁ、去年のドリフェスはひとりでさ、もちろんバンドのメンバーもいらっしゃると思うけど、その、名前としては渋谷すばるっていうので背負って出たわけじゃないですか」
「うん」
「で、やっぱりどうでした?ってすばるくんが聞かれた時に、いやもう、やっぱりメンバーがいるってすごく安心感があったっていうのを聞くと、やっぱりグループって、みんなで一緒にっていうので、演奏中とかも目が合ったりとかさ、ああなんか、11年間ってすごくいい時間をこう・・・みんなのおかげでね?ファンのみなさんとか、スタッフのみなさんとかのおかげでこう・・・支えられてこの場所があるんだっていうのが・・・去年すばるくんがドリフェス出たっていうのもあるし、連れてきてくれたんだっていうのもたしかに、感慨深いものではあったね!はじめての場所だしね!」
「いやーもう・・・」
「いい顔してたよね!みんなね!」
「いい緊張感と、もちろんドキドキもしましたし、緊張もしましたけど、いつも通りしっかり手も振れましたし。僕は」
「そうだねぇ」
「でも、またテレビの生放送とは違うね、緊張感と、えー、あの日にご一緒させていただきました、まぁキュウソさんもそうやし、椎名林檎さんもそうやしaikoさんも、Xさんもそやしね。凛として時雨さんとか、ご一緒させていただいて、まぁ僕らを見に来たわけじゃない・・・」
「そうそうたるバンド畑の方々ですからねぇ」
「を前にしてっていう・・・のんはもう・・・始まってしまえば余計なことは考えずにできたのは、やっぱりこう、メンバーの顔がね、あのステージの上にあったから、そこだけはいつもの景色として見れましたけど・・・でもあの空気というのがね、もう・・・」
「だからあれはもう一回きりですよ!あの、緊張感とあの、なんていうの、ライブ感というか。次出る時はまた去年のこともあって、その年のこともあってって、また一つ背負うものがあるかもいれないですけどね」
「でもあれはすごい思い出の一日になったし、終わってからもちょっといろいろ嬉しいお話とかね、スタッフの方々からも聞かせていただいたりとか・・・いろんなサプライズが最後の最後まであったりしましたので」
「楽しんだもん勝ちっていうのはたしかに・・・だから僕がこのね、リスナーの方がくれたあの、メールで書いてたやつは、要はこう自分自身がそうだったんですよ。楽しめなくて緊張する人だったから、でも一回きりなんだから楽しんだ方がいいのになって、でも緊張してしまう、っていうのがあったから、体感としてあったから、自分を鼓舞する意味でも書いたっていうのが実際のとこなんですね」
「いや、でもいいんじゃないですか。そうやって共有していければね」

 

 


2015.11.28 ANN


「おれ最近レコードプレーヤー買ったんですよ」
「えっ?」
「アナログの」
「おお!」
「レコードプレーヤー買って、座椅子の横に置きました」
「余計離れられなくなるじゃない」
「離れられなくなる。心地よすぎて」
「レコードかけて」
「そう」
「針を合わせてね。ピンと、じじじじじーって」
「はぁ、いいなーって。酒がすすむすすむ」
「酒飲んでんだ」
「酒飲んでんすよぉ。やばいんですよぉあれぇ」
「やばいねぇ。どんどん快適になってくじゃん、家が」
「快適になっていく!で、なんか、そのー、昔の、60年代とか70年代とか80年代とかのロックの人の、なんかレジェンドって言われてる人たちのドラムとか、バンドの音をアナログの音で聴いてみたいと思って」
「うわぁ、勉強熱心だねぇ」
「で聴いてみたらなんかスタジオ入ってるみたいな音で聴こえてくるわけですよ。いいなぁと思って」
「うん」
「そんでそれが、なんでかって言ったらそれ繋がってる話じゃないんですけど、最近そのー、関ジャムという番組が始まって」
「うん」
「音楽というか演奏する機会も多かったりドラムする機会が多かったり」
「うん」
「こないだもドリームフェスティバルっていうなんか、はじめてフェスみたいなのにも参加させていただいたんですけど、そのときも、あのー、なんやろ、ホームじゃないというか。自分らのライブじゃない、僕らのファンがどれぐらいやろ、あんまり入ってないんですー実はーみたいな・・・ほとんどが違うアーティストさんのファンでーって、まじかーってみんなナーバスになって」
「うん」
「緊張してて、よしいこう!みたいな、もう、いつにも増して円陣とか組んで」
「うん」
「おっしゃ楽しもー!みたいな感じでいって。結果的にはすごく楽しんでくださったんですけどお客さんが」
「うん」
「でもそこに、一発目だったんですね。ドリームフェスティバル、三日間くらいやったのかな?最終日の一発目だったのでいろいろ緊張もあったんですけど、でもそん中でやり終わって、優くんずっとこれやってたんやって思うと」
「えぇ?」
「すげえなって思って」
「おれが?」
「いろんなフェス出てね、で、誰のファンかわからないような会場の中でやるわけでしょ?」
「うん、そうだよ」
「すごいプレッシャーだったりっていうのがすげえなって思ったんですよ」
「へぇー」
「そんなかで、一番トリがX JAPANのみなさんだったんですよ」
「あぁー!」
「で、YOSHIKIさんは関ジャムで一緒に共演させていただきましたし」
「うん」
「それも見られて、僕はもう感無量だったんですよ」
「そうやって音楽で自分で試されるっていうかさ、自分のリアルなものをライブで見たりするとさ、研ぎ澄まされてさ、やっぱもっと上手くなりたいなって思ったり、聴いてみたいなってなったりしてレコード買う気持ちもなんかわかる」
「そう!なんかね、向上していきたいなっていうところと、あとやってたら、なんやろ、今は精一杯なんですよ。例えばドリームフェスティバルのリハとか、あとライブのリハとかで自分たちの曲とか練習したりとかして、あと、関ジャムが収録であったりするから、来てくださるアーティストの方の曲を練習したりしてる中で、自分らが次どこ目標に、どんな演奏を目指していくんだみたいなのを、あのー、考える暇ないとか言ったらちょっとあれですけど」
「うん」
「でも考えなきゃな!みたいな・・・っていうのを、メンバーとかとも話してて」
「へぇー、いいねぇ」
「そう、だからそんな中で、渋谷くんがレコードが好きでレコード聴いてっていうのを聞いてたから、好きでやってたから、よしと思って、買ってみたんです」

素晴らしい日々よさようなら、そしてこんにちは

同じ出来事が違う方向からやってきたとして、ゆるせるときとゆるせないときの違いってなんだろう。ゆるせる条件ってなんだろう。いろいろすっ飛ばして言うと、なんで横ちゃんのことはこんなにもずっとゆるせなくて、まるちゃんのことはもうほとんど大丈夫になってきてるんだろう・・・ということ。すでにある関係性、それがこれからも更新されるはずという期待、挽回の機会があるかどうか。良くも悪くもどちらにとっても、レコメンの影響は大きいなぁと思う。本当に、良くも、悪くも。

 

「エイトのオカン」などと言われることもある村上さんが、実際に母のような目線で見守り、心配しているのはまるちゃんだけだと思う。村上さんはまるちゃんのことだけはどうしても心配で、ほっとけなくて、かわいくてしかたないんだろうなぁと感じることがよくある。まるちゃんがそのことに気付いているか、どう思っているかはわからないけど(もちろん村上さんの本意もわからないけど)、そんな村上さんにまるちゃんはときたま反抗する。今日は当たりが強いなぁとか、やけにイヤな風に突っかかってくるなぁとか。もっといえばなにさま?とか、人のこと言えないじゃん?とか、思うこともあるけれど、そういう日はまるちゃんの「反抗期」なんだと思うように・・・これからはすると思う。そう思うと楽なので、そうする。本当のことなんか知りたくはないの、です。

 

気付きたくなかったというか、認めたくなかったことだけど、もう明らかになってしまったことがある。たまごが先かにわとりが先かみたいなあいまいなラインになるけど、ずっと、自分は関ジャニ∞があるから村上さんのことが好きなんだと思っていた。素晴らしい関ジャニ∞のために村上さんもがんばるべきだと思っていたし、グループのためになることをしてほしいと思っていた。だけど、そうじゃなかった。ここ数年、ファンをさぼっていたあいだのことを悔いて、あらためて一生懸命関ジャニ∞や村上さんに向き合ってみると、その考えがゆらぎにゆらいだ。村上さんのがんばっていること、それを出さないように(見せる必要なんてないとでも言うように)外向きの自分でカバーする美学も知った。そしてそれが半端でも嘘でも妄想でもないことの裏付けとなる仕事もある。村上さんはすでにこれ以上ないくらいがんばっているのに、それを無駄にしているのはほかでもない関ジャニ∞なのでは?関ジャニ∞が村上さんのためにはたらくことがあってもいいのでは?と思うようになった。村上さんは「グループがあるから今の自分がある」と言うけれど、今じゃそのグループがなくても・・・とはもちろん言えないけど、言えなくても、その範疇や名前の強みを、村上さんの能力はゆうに越えているのでは?と思うことは、ある。もちろんジャンルにもよるけど、それでもそういうときは多い。それに気付いたとき、わたしは、自分が関ジャニ∞のファンである状態において、村上さんのことを好きである、ということが前提にくるようになったことを目の当たりにし、それを受け入れざるを得なくなってしまった。それに気付いたときはただただ漠然と傷付いたけど、気持ちというのは傷を蹴り上げながら勝手に前に進むもので、そろそろ蹴り上げるものもなくなってきたようなので、このあたりでむりやりにでも認めたことにしておく。それを認めたからといって、関ジャニ∞への愛情が薄れるとか、減るとか。そういうことはまったくない。そのことをいちばん、何度も何度も、大丈夫だよと自分に言い聞かせる必要がある。むしろこれがいちばん大きい。大丈夫。「好きなもの」は変わっちゃいないし、なにも減っちゃいない。自分のスタンスがはっきりしただけ。ひとまずはこれでやってみるので、これからの、未来のわたしよ。大丈夫だからこれからも関ジャニ∞村上信五さんを信じてまっすぐがんばりなさい。

「関ジャニ∞の元気が出るCD!!」詳細を見て

良くも悪くもお騒がせ案件、形式上は夏のツアー、関ジャニ∞リサイタルが個人的にはほぼほぼ大団円で幕を閉じて1ヶ月。その幕引きを待たずして発表された5大ドームツアーは今年ではや4回目。ありがたいことに「コンスタントにドームツアーのできるグループ」となった関ジャニ∞にそろそろ慣れてもいい頃だとは思いつつ、それでもその事実を反芻するたびいまだについつい「うふふうちの子たちスッゴイ!カッコイイ!」とにやけてしまう口もとを止められないのが現状です。ドームツアーしかり紅白出場しかり、こういうデッカイことはたとえ何年経っても何回機会をいただいてもなにか別のもっとデッカイお仕事をいただくことがあったとしても、いつまでも新鮮に喜びたいし、ドキドキしながら待機したあとに「ああ今年もやれて(出場できて)よかったなぁ」と、ホッと胸をなでおろしたい。先のことはわからないけど、まだ完全に当たり前のことになっていないのが緊張感と執着を生むなぁと、個人的には思っています。特に紅白。一般の目につくデッカイこと、たまんないなぁ。もちろんそうでなくても、みんなで作った自意識の檻の中でがんじがらめの閉塞感にもがきながら陽気な関西人の関ジャニ∞を演じちゃうところもたまんないけどね!まぁまぁ、それはおいといて。

 

そんなわけでドームツアーの決定からアルバムリリースが発表され、そのアルバムの概要の方が先週ようやく発表になりました。詳細がわかる前から、今回のアルバムで楽曲提供してくださっている提供元の名前はメンバーから出ていたわけですが、それをふまえて、そのときから今に至るまでに共通するのは、何とも言えないコメントのしようのなさでした。

 

お世辞にも「誰もが知っているかの有名な!」と言えるわけではない提供元のことを(あまつさえサンボマスターさんを差し置いて)熱弁されたとて、音楽というものに疎いうえに基本的に興味が薄い関ジャニ∞のファンでしかないわたしにとっては、もう選ぶ言葉も見つからないので無礼を承知でざっくり言うけど「ちっさいとこでちっさいことやってんなぁ」と思ってしまった。メンバーの好みや思い入れもあるだろうけど、そこを推される疎外感はすでにあるし、知らないわたしがおかしいの?と多少思わされなくもないおいてけぼり感もある。それを感じさせる大もとにメンバーがいるというのが正直とてもしんどい。楽しそうな祭りに乗り切れないのもくやしい。だけど、小難しいことはどうでもいい。知らない誰かのこだわりも知ったこっちゃない。関ジャニ∞が全員くまなく、関ジャニ∞らしくすみずみまでカッコイイならそれでいい。それ以外のなにもかもすべて蛇足でしかない。蛇足な情報は余計な思考を生み、本来の、楽曲のよさを楽しむための気持ちをにごらせてしまう。そんなわからずやクソ野郎はわたしだけかもしれないけど、わたしは情報に飲まれやすく、かつ感情に影響されやすいため、よどんだ感情のままではどんなに素晴らしい楽曲も、素直に受け取ることができない。うまく分割できないので、どちらも楽しめなくなってしまう。めんどくさい自分。そんな自分も気遣って!とはさすがに思っているわけないですが、そういうところはもったいない。これはたぶん一生付き合う自分の問題。なのでこれもいったんおいといて。

 

わたしは提供元の傾向や特徴などをまったく知らないし、ちょっと、いやだいぶ意地張ってる部分は否めないけどこれからもとりあえず知ってみようという気はないし興味を持つ気もさらさらないし(優くんの時みたいな突然変異が自分に起これば別だけど)(ってその可能性もありえるんかーい)現時点では「すでに知ってる人」から頭でっかちに「これはこの人が作ってくれたからいい曲!」って情報先行の刷り込みなんかされたくないしそんなのゾッとするし鳥肌もんだし。

 

あと、この提供元でそこまで持ち上げる?という違和感がどうしても拭えない。名前がデカけりゃいいってわけでもないだろうけど、「まだまだこれから!」なところから「まだまだ」なこちらへの楽曲提供の「・・・で?」感にちょっともやもや。これじゃあ箔の付きようもないなぁと思う(もちろん実際に付く・付かない、いる・いらないは別として)そして、こちらの色があいまいなのに別の色を重ね塗りされてうやむやにされてしまうような、言いようのない不安定さ。それは関ジャニ∞側の不足もあるだろうけど、だからこそ提供元はもうちょっと選ぶかどうかした方がいいのでは・・・と思ったりもするけど、でも「そういう路線」でやらせたいのかな、という空気も感じるし。それがいいとか悪いとかでなく、なら仕方ないのかなぁとも思うし。

 

それでも関ジャニ∞が「手応えがある」というなら。その確信を信じてアルバムの発売と、ツアー初日を待つしかない。待ってやろうじゃないですか!かかってこいやエイトォォォォォ!!!!!!!!

 

って失礼ぶっこいて言いたいだけの文句並べてテンションさげまくっといてどうせわたしってやつはツアーが始まった途端に「関ジャニ∞サイコー!!!!!みなさんありがとう!!!!!ありがとうございます!!!!!」ってしんしんと雪が降り積もった札幌で地面に額をぶつけてむせび泣きながら土下座して関ジャニ∞に忠誠を誓うタイプなので、今のうちにしゃらくせーこと言っとく感じです。たいへん、たいへん失礼しました。読み返す勇気もございません・・・。

 

最後にひとこと。いやふたことほど。
ひとつめ。村上さん作詞の楽曲があるということで!ドキドキします!村上さんの作詞にかの大天才・安田章大さんの作曲がつくなんて!それを関ジャニ∞で歌うだなんて!こんなにも大きく村上さんが関ジャニ∞の音楽に関わる日が来るなんて考えたことなかったなぁ。うれしいというか、やっぱりとてもドキドキする。みんな楽しそうにしてくれるかな。歌詞を通して村上さんの頭の中がちょっとでも見れるのもドキドキするし。緊張しながら待ってます。

 

ふたつめ。

 

わたしは、すばるくんと音楽で繋がっていないのは今じゃもう村上さんだけなんじゃないかと思っていて、だけどそれがきっとすばるくんの救いになる時もくると信じていた。音楽におぼれるすばるくんを音楽が助けてくれなかった時に音楽以外の手を差し伸べてくれる唯一の存在が村上さんになるんじゃないかと夢をみていた。この距離感に意味を持たせることばかりを考えて、これがいいんだと思い込もうとしていた。だけどもうそんなものも必要なくなったなぁと、最近のすばるくんを見ていると思う。すばるくんにはもう音楽とそうじゃないものの境界線や溝がない。最近のすばるくんは以前とくらべるととても、とても安定して見える。そうなることで、わたしが依存していたすばるくんにとっての村上さんの役割というものはお役御免になったわけだけど、そんなものはまったく妄想でしかなく、ふたりの繋がりや関係というものはどこまでいってもずっと、ずーっと隙がなかった。もちろんそれは最近できたものなんかではない。ようやく妄想がとけたことで多少はまっすぐ見れるようになったふたりは、とても正しく一直線にお互いを認め合っていた。それが音楽にも及んでいる。これはやっぱり最近のこと、かなぁと思う。

 

夢のようで、発表された後もずっと信じてなかった。今でもまだ信じられない。こんなことは起こらないと思っていた。どちらもが「それ」を望むことはしないと思っていた。しょうもない思い込みや不安なんてどうにでもなるもので、願うこともできなかった場所だって見れる。自分の見る目のなさはほとほと情けないけれど、嬉しい。本当に、本当に嬉しい。

 

すばるくんには、村上さんのことをよろしくお願いしますと言いたい。
村上さん。村上さん、よかったね。ほんとにほんとに、よかったね。

 

そしてわたし!おめでとう!!!!!ほんとにほんとにおめでとう!!!!!
永遠なれひなすば(ちゃん)!!!!!!!!!!

 

 

 

落ち着いて読み返して追記(10/31)
わたしはどうもエイトがバンドに寄りすぎるとストップをかけたくなるようで(バンドが嫌いなわけではない。好きとは言いにくいしなんなら苦手なときもあるけど、これはたぶん自担にまつわるテンションに起因する)そんな中でゴリゴリのロキノン系バンドから楽曲提供されると知って、とりあえず否定しておかないと気が済まなかったんだな。われながら「それ無知なだけじゃん!嫌いなだけじゃん!」感がすごい。まぁでもその通りだし、知らないものは知らないしそっちに寄られすぎるとツマンネって思ってしまいそうな部分も否めないし。

 

もともと音楽が好きだったりバンドが好きだったりする人には抵抗がないのかもしれないけど、わたしはどうやら水(ドブ川含む)が変わると生きていけないタイプのジャニーズ生まれジャニーズ育ちのおたくらしい。さらにもとの性格である超排他的かつ被害妄想過多野郎な部分も相まって、1ミリの不安分子もゆるさない横暴なキャパ狭体質が幅をきかせているようで。いやはやまったく、こんなに歪んだ狭量なこだわりがあるなんて。お恥ずかしい限りです。

 

いただいた楽曲や関ジャニ∞のために楽曲提供してくださった方々にはもちろん本当に感謝しています。外の人の中に、関ジャニ∞をおもってくれる人がいるのはありがたいです。提供いただいた曲を聞くと、今の「関ジャニ∞らしさ」が見えてくるなぁと思う。いただく時期によって雰囲気が変わるのがおもしろい。中にいてずっと関ジャニ∞だけを見ているとすぐには変化に気付けないこともよくあって、外の人が指摘してくれることや語ってくれることに気付かされることもあるし、これまでや今回のように今の関ジャニ∞にあてて提供いただく曲を聴いてやっとピンとくることもある。あぁ、外から見てもこうなんだなぁ、わたしが見てるエイトと一緒だなぁと思うこともあるし、本当にいろんなことが確認できる。本当にありがたいんです。それはもう、本当なんです!今回の曲も、自分の中のほとぼりがさめたらきちんとありがたく楽しませていただくつもりです。ありがとうございます。関ジャニ∞はきっと、とってもとっても、幸せ者です。

「俺たちの家」

ViViの梅佳代さんグラビア「俺たちの家」のテキストを読んだ。その中でエイトは「アイドルグループというよりはひとつの家族のよう」だと表現されていた。

 

個人的に、わたしは自分の家族とはややいびつでぎこちない付き合いをしており、家族全体を眺めてみても、どうしてもしっくりこない感覚がいつまでたっても拭えない。だからだとは思うけど、わたしは家族の生き生きしている瞬間や、楽しいと思うことをあまり知らない。たぶん、家族というものに対する価値観みたいなものがずれていて、わたしは「家族」に対してあまり丁寧ではなく誠実でもなく、どちらかというと得意ではない。

 

関ジャニ∞はもちろん本物の「家族」ではない。だけど、だからこそ「家族」のようになろうとして、いや本当は「家族」でなくてもよかったのかもしれないけど、この関係をどうにかしないと「やっていけない」と考えたときに、これからも「関ジャニ∞」を続けていくための選択肢として、「家族のような関係」という究極にたどり着いたのかなと思う。そのためにお互いがお互いをわかり合おうと、見えているところも見えにくいところも見たくないところも真摯に見つめ合い続けた結果、家族という血の繋がりに相当しうるなにか別の、それでいて濃厚で特別な慈愛に満ちた唯一無二の関係を築くことができたのではないかと思う。

 

わたしにとっての家族というものは決して「いいもの」ではない。だけど関ジャニ∞が家族然としている雰囲気や風景は、それはとても「いい」ものだと思う。家族というものに苦手意識を抱いているわたしは関ジャニ∞という「家族」にあこがれとときめきを感じている。それとは別に、関ジャニ∞の、「個」でいるために「全」を慈しみ、縋り付かずにはいられない不安定だからこそその手に力を込めてしまう繋がりへのこだわりを、わたしはとても愛おしく思う。そんなゆらぎの上で今日も関ジャニ∞は繋がっているのだと思うと、いじらしさとせつなさで胸がいっぱいになる。家族っていいものなんだなぁと、関ジャニ∞を見ていると、素直にそう思える。それだけで今はじゅうぶんで、この上なく幸せなのです。

2015年5月9日~9月21日 33歳のひなすばまとめ

★テレビ
ひな「(ドッジですばるくんのもとにボールが落ちてきて、すばるくんをブランケットで)いっかいくるむわ!」(5月 クロニクル)
すばる「(誰がボールをもらえるかを決めるために)ヒナちゃんクイズする?」(6月 クロニクル)
「おっちゃんがんばって」と言いながらバーレスクダンスで開脚したすばるくんの股間を触る村上さん→すば「これこれぇ!」→村上さんすばるくんの頭を持って支えるも「痛い痛い!」と言われ手を離す→すば「持て!頭持て!頭持て!」(6月 ジャニ勉)
前向きにちなんでひょっとこのお面を後ろ頭につけることでどちらを向いても前向きになる、ということを説明しながらほかのメンバーが後ろを向いてお面を見せる中すばるくんが正面を向いたまま「前向き」を表現する様子を見て村上さんもそれに倣い、ふたりでカメラ目線をきめる(8月 Mステ)
すばるくんのキメ顔のタイミングに合わせてイケメン村上君人形を配置(9月 クロニクル)
ひな「すばるのハナミズキ、おれ、一青さんよりええなぁって思ってますよ。好きすぎて」(9月 関ジャム)

 

★ラジオ
リサイタル開演前サッカーの話(レコメン:8/20、9/3 通信:8/10 すばらじ:8/15)
メールには「すばるくん」と書いてあるのについ「すばる」と自分の呼び方にしてしまう村上さん(6/18 レコメン)
ひな「(台風がきているので)土曜日どうかなって(サッカーするために)すばると逆算せなあかんから」(9/3 レコメン)
ひな「朝ごはんをよその家でよばれるなんかもうメンバーの家ぐらいじゃないですかね。むかーしジュニアの時に泊まっとってよばれたの。すばるんち泊まった時、ちょっとパン焼いてもうてとかあったけどなぁ。そんときに紅茶やったかな、あ、すばるんち朝は紅茶なんやって思ったけどなぁ。紅茶のあとにホットコーヒーとか出してくれたんやけどマイコップみたいなんですばるのとかは出てきてたから、これが渋谷家の朝の風景なんやなぁって思って。結構な衝撃でしたけどね」(9月 通信)

 

★雑誌
クロニクル卓球前にペア柔軟(5月 ジョンほか)
すばる「(槙原さんとのセッションで)頑張るヒナに勇気をもらって自分もしっかり歌おうと気合が入った」(6月 ガイド)
村上さんがすばるくんをおんぶ(8月 ガイド)
すばる「(リサイタル開演前にひなすば+スタッフさんでサッカーして)疲れてクッタクタになるけどテンションは上がります」(8月 ぴあ)
すばる「ゲストを迎えてのトークも肝だけどトークでは村上さんに頼りきってる」ひな「やっぱり歌をセッションする番組。歌の面ではすばるに頼りきってる」(8月 月刊ガイド)

 

★リサイタル
リサイタル開演前にミニサッカー(福井、三重、長野:8/8、8/9 岩手:8/15、8/16 鹿児島:8/29、8/30 静岡:9/12)
挨拶後~ジャニーズメドレー前の衣装解説コント
足首を痛めたすばるくんを心配する村上さん(7/25 リサイタル三重)
すばる「(ナポリタンのおかわりですべりまくった村上さんに)付き合い長いけどめっちゃドキドキしたわ!」(8/2 リサイタル福井)
すばる「(村上さんの色が黒すぎて)チョコボール村上!チョコボール信五!」(8/2 リサイタル福井)
ひな「(絵描き歌で伝えたるで)すばるのあとは誰がいいの?」すばる「すばるのあとはぁ・・・」(8/2 リサイタル福井)
ひな「(答えをひとつに合わせたるで)おっぱいくん(=すばるくん、の答え)に合わせよう」(8/2 リサイタル福井)
すばる「すばるのあとにしんごでもええけどしんごのあとにすばるのほうがいいと思う」(8/9 リサイタル長野)
一緒に番組をしたいジャニーズは?すばる「村上信五」ひな「渋谷すばる」(8/15 リサイタル岩手)
メンバー内でキスしてもいいのは?ひな「すばる」(9/6 リサイタル宮城)
「おれの画力じゃ(このすばるの絵は)汲めんよ!」とじっとすばるくんを見つめながら距離を詰める村上さん(9/12 リサイタル静岡)
罰ゲームですばるくんによって電流を流されビクビクする村上さん(9/13 リサイタル静岡)

ロマンチスト・エゴイスト

最近ぽろぽろと目にすることが多かったのでいわゆる「熱愛報道」について腰を据えて考えてみる。腰を据える、とは言うもののしょせんわたしはロマンチスト・エゴイストな物語と思い入れを大事にするタイプのオタクなので地に足がつかないうわついた語りになることは容易に想像がつく。ちなみにロマンチスト・エゴイストとはポルノグラフィティさんの楽曲のタイトルをいただいていますが特別な因果関係はありません。ポルノグラフィティさんのロマンチスト・エゴイストはとてもとてもよい曲です。

 

「本気愛」の解釈には人それぞれあるだろうけど、わたしにとっては「担当」みたいなものでこの界隈の便利な共通言語に過ぎないのでその言葉を使うことに何の拒否も嫌悪感もないという前置きをしておく。わたしはいわゆる「本気愛」ではないと、自分なりの解釈の中ではそういうことになると、そう思っている。そんな「本気愛ではない」わたしも、その報道にはざわついた。そもそもファンをしていて平常心でいられていることのほうが少ないわたしだけど、そのときはだいぶ平常心からは逸脱した精神状態を実感した。すでに平生が平常ではないわたしが平生を逸脱するというのは、声をあげて髪をかき乱して取り乱すようなことこそなかったけれど、それでもからだの奥からこみ上げるような感情の渦は確かにあった。その渦は不安であり焦燥でもあるもので、次第に恐怖にも変わった。どれをとっても引っこ抜いたとて根の見えない感情ばかりで、それこそが自分の今の答えだと思った。そんな感情の渦は様々な進路をたどって、寄り道したり行き止まったりしながら最終的にはすべて「この出来事のせいで気持ちが翳ってファンをやめることになったら」という絶望に帰結した。ファンのままでいるもいないも、やめるもやめないも自分の気持ち次第でどうしたっていいはず、またはどうにでもなるはずなのに、わたしにはそれをどうすることもできない。気持ちひとつでファンをやめたっていい、などという潔さはもちろんない。あってはならないと言っても過言ではない。

 

もしもその個人のファンをやめることになったとして、同じグループの誰かに変えて思いを寄せることは現時点ではありえない。わたしは村上担だけど、村上さんのことを今の熱量のまま応援することをやめるなら、次はもうないと思っている。きれいさっぱりオタ卒しようと思っている。ほかのグループへの鞍替えなんて考えられない。ジャニーズであればなんでもいいわけでも、ジャニーズを追いかけられればそれでいいわけでもない。わたしは関ジャニ∞以外のものにこの熱を注ぐ気は、少なくとも同事務所内ではまったくない。わたしにとってわたしの生活から関ジャニ∞がなくなることは、その時点で少なくともひとつの人生が終わることだ。大きなことを言うようだけど、決して大げさなことではない。

 

「そんなことでやめられるなら」という「もしも」には理由がある。明確な理由さえあれば、あとはそのときを待つのみで、案外落ち着いた日々を送ることができるのかもしれない。だけどそうじゃない。理由になりそうなことはいくつかあるけど、そのどれもが現実味を帯びていない。ありえそうな理由のすべてに「そのときはファンをやめるかもしれない」と付け足してみたところで、絶対、ということにはならない。自分が考えうる「繋がりそうなルート」をいくらたどってみたってそれは結局のところ事が起こってみないとわからない可能性でしかない。

 

熱愛とか、結婚とか。そういうことになったとき、わたしはファンをやめるかもしれない。だけどやめないかもしれない。想像するしかないけど、やめないだろうなとも思う。結局なにか理由をつけてファンを続けそうな気がする。というわけで、というかどういうわけだという感じですが、わたしは関ジャニ∞のファンをやめたくないし村上さんのことも応援し続けたいけどリアルな熱愛報道や結婚報道があったとして、恋愛感情で追いかけているわけではないにしろどうしてもそれによって多少は気持ちに翳りが出そうなので、そういう報道が嫌というよりはそういう報道によって自分の気持ちが揺れて人生がひっくり返るようなことが起こるかもしれない可能性が怖い、というのがわたしの見解です。むりやり結論っぽくしたけどぶっちゃけよくわからないし、まず最初に直通する感情は結局どうせ「イヤ!」なんだけど、まぁよかろう。自分勝手でもいいでしょう。こんなにも思いを募らせて人生ふっかけてることがそもそもとんでもない自分勝手なのだから。