無題

十五祭が素晴らしいツアーだったことは間違いない。それは揺るぎない事実だけど、ついぞ安心はできなかったなぁと3/6以降の日々を振り返り、思う。それは不本意な最初の報道から9/5の発表に至るまで否定も肯定も何も明言されなかったことが原因ではないし、ライブ中のメンバーの言動から勘繰ったわけでもない。これからも関ジャニ∞は続くだろう。ツアー最終日のモニターに映し出された「15→16」からも、その意志は伝わった。だけどその未来に立つ「関ジャニ∞」は果たして何人いるだろう。15周年以降も関ジャニ∞が続くことはわかったのに、それを安心として捉えられなかったのは、そのときのわたしにとっての安心がこのままの、6人の関ジャニ∞としての安定だったからなのかもしれない。そしてその安定は望めなかった。それがはっきりして、ようやく安心できたような気がする。全てを知ることは叶わないながらも、関ジャニ∞とわたしたちの間にある大きな隠し事がひとつなくなったのだから。

 

この半年間、ずっと覚悟していたからか、発表があったときもショックな気持ちはあまりなかった。亮ちゃんのことを信じたい気持ちはあったけど、亮ちゃんはこれからも関ジャニ∞にいてくれるはず、と願うことが絶対に正しく亮ちゃんを信じることや関ジャニ∞を信じることに繋がるかどうかは自信がなかった。何も聞かされないまま始まり、そのまま終わったこのツアーが終わりの始まりであったことは「祭りのあと」となった今になってわかったことだけど、純粋に楽しんでもらいたいという思いもあって明言を避けたというエイトの心遣いは素直にありがたいと思った。本当のことがわからなくて不安ではあったけど、その思いにエイトなりの誠実さが見えるようで、そのエイトらしさが嬉しかった。

 

結果的にはこうなってしまったけど、GR8ESTツアーで見せてくれた亮ちゃんの姿はこうなった今であっても信じられるものだし、亮ちゃんがいなければわたしは2018年を乗り越えることができなかったかもしれない。関ジャニ∞を引っ張っていくと言ってくれた亮ちゃんには感謝してもしきれない。そして今になっても、あの言葉が嘘だったとは思わないし、約束を違えたとも思わない。

 

6人でツアーを完走できたから大丈夫なわけではなかったし、あのツアーによって6人でやっていくための手ごたえを掴めたわけでもなかった。やると決めたからにはやりきるしかないと、いつでも前を向いているようで、その実どうしたって生まれてしまう違和感を払拭しようともがけばもがくほど積み重なる疲労関ジャニ∞の首を絞めたのかもしれない。そうすることを決めたのは関ジャニ∞自身だけど、そうやって関ジャニ∞を前を向かざるを得ない状況に追い込んだのは、ほかでもないファンであるわたしたちの存在なのだと思う。強気な言葉の裏でしんどさを抱えて、何かが違うと思いながらそれでも関ジャニ∞を望み、支え、応援する全ての人たちのためにも弱音を吐くわけにはいかなかった。わたしたちが関ジャニ∞をがんばらせて、走らせて、そして疲労のふちへと追い込んだのだと思うと、感謝よりも心苦しさが募る。

 

亮ちゃんが辞めて5人になることよりも、疲労を抱えた関ジャニ∞が消耗しながらここまできたことがショックで、そんな関ジャニ∞が身も心も削るような活動をこれからも続けていくと決めたことが苦しい。こんな状態でこれ以上がんばらせてもいいのだろうか。関ジャニ∞がやると決めたならその道を応援したいし、ついていこうと思ってはいるけど、それがまた関ジャニ∞の首を絞めることになりはしないだろうか。こんなことを続けていたら、この先本当に活動できなくなってしまうのではないか。取り返しがつかないほど壊れてしまう前に、どうかそれぞれが望む形で、それぞれのペースで心と体を休めてほしい。とにかく無理だけはしないでほしい。活動を続けて場数を踏むことで整理できたり馴染んだりすることもあるだろうけど、そうしてここまで走り続けてきた関ジャニ∞だけど、今は少し立ち止まってみてもいいんじゃないかな・・・。

 

と、ここまで語っておいてなんだけど、この状態になって最初に発表したのが「2度目の47都道府県ツアーやります!」なのがも~~~~~どうしようもなく関ジャニ∞で、どうなるかわからないけどとりあえずステージに立つ!あとはライブでどうにかする!!!みたいな、気が狂ってるとしか思えない選択をする関ジャニ∞が本当に・・・いじらしいやら愛おしいやらで・・・どうなっても関ジャニ∞が好きだ!!!!!どんな関ジャニ∞も大好きだ!!!!!!!!!!いつも本当にありがとう!!!!!!!!!!!!!!!