あんたのどれいのままでいい

関ジャニ∞や村上信五さんにあれとかこれとかそれとかいうブログという名のツイッターの延長です(Twitter:443108)

レコメン「関ジャニ∞会議」に送ったメール

 

こんばんは。いつも楽しく聴いています。少し長いですが、よろしければ聞いてください。

わたしは関ジャニ∞が松竹座でコンサートをしている頃から今まで応援してきました。ちょうどエイトレンジャーを初めてコンサートでやった頃です。
その頃はこんなにも毎日のようにテレビに出ている姿が見られる日が来るなんて夢にも思っていませんでした。ましてやバンドに関しては、それありきでの音楽番組を持つことができるなど、夢のまた夢のようなことで、バンドはコンサート会場でしか見られない、コンサートに来たファンの特権であればよいとすら思っていました。こんなにもバンドがフューチャーされて、注目されるようになるなんて、やっぱり今でも夢のように思います。
それ以上にわたしが心を踊らされたのは、初めて京セラドームでコンサートをさせてもらったときやその年の47都道府県ツアーで初めて立った東京ドームのステージ。その4年後に敢行された初の5大ドームツアーでした。関ジャニ∞が「コンビニ感覚」のグループでなくなったことも、会場が大きくなることでの物理的な距離の開きも、そんなものにはこれっぽっちもさみしさなんかは抱きませんでした。大きな会場に集まったファンを盛大に沸かせる関ジャニ∞がまぶしくて、たのもしくて、会場が大きければ大きいほど、胸いっぱいの幸せを感じることができました。外野であるファンがこんなことを言うのも失礼だとは思いますが、ドームのステージに立つ関ジャニ∞を見るたびに、何を夢に見ればよいのかわからなくなったときもあったけど、それでも関ジャニ∞を信じて応援し続けてきてよかったと、何度も何度も喜びを噛み締めました。何度も何度も、嬉しくて泣きました。
わたしのようなファンは決して少なくないと思います。ファンは関ジャニ∞と、ただふれあいたいだけではありません。近くで姿が見られればそれでいいわけでもありません。
どれだけ距離が遠くても、その「距離」に、わたしは大きな成長を感じます。ただでは近付けない存在になってしまった関ジャニ∞に、言葉にできないほどの高揚感を覚えます。
そのような存在になることは、明るく陽気にいつもみんなのそばにいるアイドル、という風にやってきた関ジャニ∞には、むしろ違和感のあること なのかもしれません。さみしさがまったくないと言えば、嘘になることもあります。
それでも、遠くで輝く大きな背中をいつまでもいつまでも追いかけていたいです。追いつかないからといって、諦めたりはしません。関ジャニ∞が見せてくれる夢や希望がわたしの背中を押す限り、わたしは関ジャニ∞を応援し続けます。
いつもありがとうございます。リサイタル、楽しみにしています。
失礼しました。