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あんたのどれいのままでいい

関ジャニ∞や村上信五さんにあれとかこれとかうるさくいうブログという名のツイッターの延長です(Twitter:443108)

2016年12月2日ANN

エイトと優くん、Mステで共演


「まぁ僕の場合またトークでね、ちょっと・・・反省があったから・・・」
「いやいや、反省するところじゃないって言ったじゃないですか、昨日もね」
「うん」
「言ったし、村上くんも『笑いなんかとらんでええがな』って言ってたでしょ」
「あのあとずっっっと励ましてくれてた、おれのこと」
「いやだからほんとに、いいコメントしてくれてましたよ」
「いやもう思いはね、思いだけでも届けばいいなと思って、まぁそのー、関ジャニ∞がNOROSHI演奏される前に、準備って言うんですか?トークしてる雛壇のところから歌いにいくところまで行くまでの繋ぎで僕がちょっとふられるという」
「うんうん」
「ことがちょっとあったんですけど」
「ありましたね」

 

優くんのまわりでもエイトのバンドは「神ってる」と評判、というコメントをした

 

流行語大賞みたいなことをここでバーンとぶっこめばアハハ~って笑いが起こるんじゃないかなぁ~・・・って、思ったおれが甘かったって」
「ああそうなの?だから村上くんも言ってたでしょ?すべり倒してきたと。今まで」
「言ってた言ってた、言ってたねぇ。あ、聞いてたんだ、そこの話から」
「そう、映像見ながら聞こえてくるから」
「あ、聞こえてたのね」
「そう、村上くん励ましてるわぁみたいな」
「僕のすぐおとなりに村上くんが座っていて、そのひとつ向こう側に大倉さん座られてたんですよね」
「そう」
「まぁ会話的には僕と村上くんがふたりで話してるかんじだった・・・で、ああいうとき大倉さん結構ぽーんと入ってこられたり、そんなになさらないじゃないですか」
「しないですねぇ、村上くんがしゃべってるから」
「おれ大倉さんとも話したいなって思ってたよ、ずっと。大倉さんの方見ながら」
「ふってくれたらいいやんか」
「いやなんか怒ってるのかなって」
「怒ってるかぁ!」
「おれがすべってるから」
「いやだからすべってなかったって!」
「『なにが神ってるだよ!』って怒ってるのかと」
「いやいや、なんも思ってない・・・その前の言葉がうれしかったから」

 

結構すごい人たちからバンドを褒められている関ジャニ∞

 

「みんな神ってるって言ってた。神ってるというようなことを言ってた」
「そのフレーズは出てなかったでしょ」
「まぁそれですべったじゃん」
「まぁすべったすべってないで言ったらすべったのかもしれないですけど、でもそういう目線で見るからよ。だからテレビ見てる人達は普通に流行語使ったのかまじめに話してはるんやなぁってぐらいやと思うよ」

 

反省し続ける優くん、本当に演奏はかっこよかったと絶賛

 

「終わられて帰ってこられたときにね、おれは謝ったんですよ」
「謝ってましたねぇ」
「おれのそのすべりをものともしないその演奏でちゃんと日本中をNOROSHIでね、わかせてくれた・・・」
「すべってるって思ってないからさ、普通どおり演奏しましたよ」
「いや大倉さんそう思われてたのがすぐわかったよ、終わって帰られときにおれがしゅーんとしてて、村上くんが『どしたん!?』と。『いやすべったなって思って』っておれが言ったら『あ、神ってるのくだりで?そんなんばっかりやでー!』って(村上さんが)言ってくれたときに横で大倉さんがぼそっとおれに言った言葉おぼえてる?」
「なになに?」
「『あの神ってるって言葉で笑いとれると思ったん?』」
「おーい!!!おいおれひどいやつやな!そんな言い方した?おれ!」
「いや笑いながらですよ?」
「ひどいな!」
「そこ!って思った。まさしくおれのツメの甘さ!それで笑いがとれると思っていたおれが甘かった」
「そのあと村上くんが『うけると思って言うたことはだいたいすべるで』って言ってて」
「言ってた!言ってた!それはほんと核心突いてるよね!いやぁほんとそうだと思うわ。狙っちゃダメなんだよ」
「いやだって優くんってひとりやん?それって結構ハンディキャップあるなと思って。おれが、横にメンバーいてくれたら、神ってるとか言うたら『よっ!流行語大賞!』みたいな・・・」
「ああー!」
「言ってくれたらさ」
「そこで笑いやすいムードが」
「そうそう、その説明してくれる人がおったり、つっこんでくれる人がおったりするけど、ひとりでやってたらさ、つっこめないでしょ?」
「そーなの!」
「神ってるって言ってますよ~s流行語大賞かオイ!みたいな・・・」
「そうそうそう」
「そこまでやればよかったのに」

 

反省しきりの優くん

 

「そんなことをものともせずバーンとやられたNOROSHIですよ」
「いやいや、ありがとうございます」
「かっこよかったよ、泣きそうになったもん昨日おれ」
「なんで?」
「いや、落ち込んでるときにNOROSHI聞いたから。いいシチュエーションで聞かせてもらったな~と思ったよ」
「またねぇ、自分の道いけみたいな歌詞だからねぇ」
「そうそうそうそう!『ハッ!』っておれも叫んだよ。自分のすべった悲しみを吹き飛ばすかのように『ハッ!』って言ったよ。東京ドームでみんなで言いたいね」

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積み重ねてきた毎日は君のこと裏切らない

リサイタル埼玉8/13のレポを今さらちょっと見た。すばるくんがカラオケでハナミズキを歌う、のくだりのこと。文字しか見てないのでしゃらくせえこと言ってんなぐらいで。つじつまの合わないポエムさらしてんなぐらいのあれで。

 

個人的には、ハナミズキ・・・というか、すばるくんの歌のことで村上さんがこんなボケみたいなニュアンスを含んだことを言ったりするのが意外だった。めっちゃかわいいしとんでもなくたまらないしはんぱなく尊いんだけど、でも、こう・・・この手の内容をふたりがあんなにもスムーズにやりとりできるとは思ってなかったから、正直ちょっと戸惑った。村上さんも本人の前だから言えたことなのかなとは思うけど、それでもあんなことを言えること、ネタにできちゃうことに驚いた。もっと大事にするかと思ってた。いや、大事にはしつつも、誰にどう茶化されても「すばるに届けばそれでいい」と思ったのかもしれない。そこにすばるくんがいたから言葉にしちゃったのかもしれない。すばるくんは、そんな「すばるの歌がただただ好き」なときとはちょっと様子が違う村上さんの「すばるの歌が好き」な気持ちも丁寧にすくい上げてくれたんだなぁと思った。なんだかちょっとずれている。ずれてるけど、合わせようと思えばすぐに合わせられるふたりの歩幅。肌で感じて調整する、感覚的に感じ合う互いの熱。いつも同じ場所を見つめているわけじゃない。だけどいつかまた必ず出会う。どこから飛んでくるか予測できない感情を、思いやりを、尊敬を、好きだ、大切だ、ほかの誰とも違う、おまえだけは特別だというむせ返るような愛の応酬を。わかってるやろ、言わんでも。ふざけててもわかるやろと言わんばかりのゆるめたやりとり。本音と本気を薄めてまわりに合わせようとするところ。なんでも調整できる。明度も、彩度も、濃度も、本気も冗談も空気も。ふたりの、なんにでもなれるところが、本当に、本当に・・・本当に、くるおしいほど好きで好きでたまらない。なんにでもなれるのに、ひとつの優れたなにかでなく、なんにでもなろうとする、共犯者みたいなところ。いとおしいとしか言いようがない。

 

脈絡ないけどおふたり繋がりで渇いた花の話。

 

ふたりの渇いた花において、わたしが一番じーんとしたのは、すばるくん曰く「変なコントはいっぱいやってきた」ふたりが、ここにきて・・・いや、「ここにきて」の「今」だからこそ、音楽で繋がることができたことだった。わたしはずっと、特に横ちゃんがトランペットを始めてからはいっそう、渋谷すばると音楽で繋がっていないのは関ジャニ∞ではあとは村上さんだけなのではないかという焦燥でいっぱいになっていた。だからといってなにか支障があるわけではなかったし、誰が何を言うわけでもないのに、焦っていた。音楽のことでいっぱいなすばるくんと音楽で繋がれないことは致命的に思えた。だけど今のすばるくんは「音楽に気を取られている」すばるくんではない。そう思えるようになったことと、今回のセッションの話が舞い込んできたことは、奇跡と呼びたい。これまでのいつでもダメだった。今だからできたことだと思う。

 

それから、元気が出るCDからLIVEにかけて、村上さんとセッションをすることになったすばるくんが、セッションをする上で、村上さんにまったく気も遣っていなければ、遠慮や妥協もなく、手加減もしていないこと。当たり前のことかもしれないけど、メイキングを見ているとそれがわかってホッとしたし、ドキドキしたし、なによりありがたかった。そして、そんなすばるくんに応えようとする村上さんの姿勢にもグッときた。なかなかうまく弾けなくて、最後まで通してみたあとに自ら「あかん!」「いろいろ考えすぎて(うまくできない)」とこぼす村上さんへのすばるくんの「いやいや(そんなことはない)」という返し。この肯定にまた愛を感じるなぁと思う。正真正銘まぎれもなく、ふたりで作り上げた「渇いた花」だったなぁと思う。

 

今回のセッションのかたちを提案してくれたのはすばるくんだった。そもそも村上さんにキーボードをしてほしいと言ったのも、ほかでもないすばるくんだった。そのすばるくんは、村上さんとの音楽とはいっさい関係ない活動をきっかけにして、関ジャニ∞ではない別の場所で音楽をすることを望むようになった。すばるくんから音楽を求められた村上さん。その音楽によってすばるくんと自分の繋がりのひとつを断たれた村上さん。誰よりもすばるくんの歌を愛してやまない村上さん。そんな村上さんが、再びその音楽ですばるくんから求められた。そしてそんなふたりの音楽の最後に、すばるくんが村上さんに「ありがとう」と言う。この世界のなんと、なんと美しいことか。

 

 

 

わたしはひたすら願ってやまない

「君」と「好きな人」が100年続きますように

 

 

 

以上!ひなすばちゃんは最高だ!!!
永遠なれひなすば!!!!!ちゃん!!!!!!!!

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初めて関ジャニ∞のコンサートに行った日

お題「初めて○○のコンサートに行った日」

 

 

 

高校2年生の初夏、いわゆる「ごく出」の赤西担だった友達の影響で、わたしは初めてジャニーズという世界の中の、あまりポピュラーではなさそうな部分に触れた。その友達からはKAT-TUNをすすめられたが、そのことを部活の後輩に話したところ「わたしもジャニーズ好きなんですよ!」という言葉とともに別のおすすめが返ってきた。それが関ジャニ∞だった。わたしはその後輩から名前を聞くまで関ジャニ∞のかの字も知らなかったけれど、KAT-TUN目当てで買った初めてのアイドル誌ポポロの、関ジャニ∞のページを開いたときには、わたしの心はもう決まっていた。ドラマチックな展開や雷が落ちるような衝撃こそなかったけれど、いつのまにかわたしは関ジャニ∞に落ちていた。

 

それまでのわたしには趣味らしい趣味や特別好きなものというのがまったくなかったので、母はわたしが生身の人間を好きになったことに驚いていた。インターネットのすみずみから過去からその当時までの関ジャニ∞というものを調べ尽くしたところ、関ジャニ∞が夏と冬に舞台とコンサートをしていることを知った。その夏のコンサートと舞台はすでに申し込み締め切りが過ぎていた。親になにかをねだるということが苦手な子どもだったけど、わたしはどうしてもコンサートに行きたかった。そのときはまだ「冬にコンサートがある」とは発表されていなかったけど、例年の流れを信じて、意を決しておねだりした。母からは「今度の中間テストで◯位以内に入ったら行ってもいい」という漫画みたいな条件を出された。たぶんその条件を達成したのだと思う。申し込みの許可が出て、すでに入会していたジュニア情報局からのハガキを見て電話で申し込みをした。当選結果が出るまで毎日後輩と学校の近くにあるお寺を参拝した。わたしの名義は落選だったけど赤西担の友達が当選し、わたしは晴れて関ジャニ∞にお目にかかる機会を得た。2005年12月18日、大阪松竹座で行われた関ジャニ∞クリスマスパーティー2005が、わたしの初めてのコンサートです。

 

このお題でここまで書いておいてなんだけど、コンサートの内容自体はあまり覚えていない。当時のわたしは錦戸担で、母が作ってくれた「亮ちゃん」うちわを持参していた。踊る曲の時はうちわを覚えた振りを全力で踊った。今では考えられないが、ペンライトも双眼鏡も持っていなかった。一階席で、わたしと友達の2席向こうには花道があった。その花道横の席のお姉さんがジュニア担で、エイトのメンバーが歩いてきたときには「こっちにおいで」と席を代わってくれて、メンバーと握手をした。当時の担当であったにも関わらず亮ちゃんの手の感触は覚えていないけど、甘いにおいがしたやすちゃんのあたたかくてやわらかい手と、村上さんの冷たくて大きな手のことは覚えている。村上さんの手は本当に冷たくて「コンサート中なのにこんなに手が冷たくて、ヒナちゃん大丈夫かな・・・」と心配になった。

 

帰りの電車内でのわたしは友達曰く「ずっとヒナの写真を眺めて、ヒナの話しかしてなかった」とのことだった。そんなヒナちゃんに担降りするのはもうひとつコンサートを経た5ヶ月後になるわけですが、さすがに話が飛びすぎるのでこれはおいといて・・・。

 

あれから10年。わたしは今日も楽しく関ジャニ∞のファンのままです。ただ、10年間ずっと同じ濃度でファンをしていたわけではなく、今の自分からすると許せないというかもったいないというか、満足のいかない程度のファンだった期間もあります。その期間のことを思い起こすと、テレビ番組を録画し、表紙になったり大きく取り上げられたりしている雑誌を買い、コンサートや舞台に行く・・・と、挙げてみれば今と変わらないことをしているようですが、体感としてはまったく違ったもので・・・やっぱり後悔しかないなぁと思う。こんな満足のいかないかたちで、知らないことがある期間もある中で、果たしてわたしは「ずっと関ジャニ∞のことを応援してきました」「ずっと関ジャニ∞のことが好きでした」と言ってもいいものか・・・と躊躇することもあります。誰に弁解することでもないけれど、拭いきれない後ろめたさがあるのです。

 

どんなかたちでファンを続けるか、どんなファンでいれば満足するか・・・という自分を納得させるルールがあることと、それを継続的に実行できることは、とても大事なことだなぁと思うのです。過去の後悔はもう二度と消せはしないけれど、せめてこれから先はそんな後悔をしなくて済むように、ずっと関ジャニ∞のことを応援していきたい。ずっと関ジャニ∞のことを好きでいたい。もう二度と、取り返しようのないものを悔やんで泣きたくはない。

 

というわけで、わたしには今の自分を満足させるだけのファンができていなかった期間のコンプレックスと知識不足が山のようにございます。初コンが10年前だなんてことは飾りでしかないわたしですが、これからも関ジャニ∞とともにお互い支え合って生きていこうと思いますし、今のところ今回の人生は関ジャニ∞に捧げることに決めておりますので、とぼけたことをぬかしていてもあたたかく見守っていただければと思います。お題関係ねぇ!!!!!たいへん失礼いたしました。

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2016年7月9日ANN

関ジャニ∞と優くんが共演したMステの裏話をところどころ抜粋

 

大倉くんがサティのパジャマ(仮)を着て臨んだリハの話

 

「だとすれば、とってもおしゃれなイオンの服、大倉さん着られてましたけど、もっと思ったのが、みんなのパフォーマンス、関ジャニ∞のパフォーマンスね。ほんとにその、もちろん放送されたものは素晴らしい最高のものだと思うんだけど、リハもすごいのよ」
「ええ~?」
「だってさぁ、なんていうの?別に・・・誰とは言わないしこういうことは多いわけじゃないけど、リハの時にまぁちょっと抜いたりする場合もあるじゃない。力を抜いたり、なにかを確認する意味で、そういうのも必要だと思うし。でも関ジャニ∞のみなさんは、カメラワーク・・・っていうの?誰がカメラにばーっていくかっていうのも、あるんでしょうね」
「ほぉほぉ」
「もうすごいもん。リハの段階から。表情とか」
「へぇ~」
「パーン!ってこう笑顔とかちゃんとされてて、踊りとかもこう・・・なんていうの?楽しい感じなのね」
「はいはいはい」
「で、おれそれ番組中に、となり村上くんだったから、村上くんと結構その話したんすよ」
「おぉ!」
「熱弁したんですよ。番組中に申し訳ないんだけど、CM中とかにね。で、リハからああいう感じでやるんですね~って言ったら『あれはスタッフのみなさんにちゃんと見てもらうために』って言ったのよ、村上くん。めちゃくちゃかっこいい!って思って!」
「おぉ~・・・」
「そりゃそうだよな!っておれ思い直して。その、スタッフの人たちってすっごいたくさんいるわけじゃん。その人たちだってひとりの・・・リスナーというかさ。人であることに変わりはなくてさ」
「一緒に作り上げる人だからね」
「感動したりする感情があるわけじゃん。黒子の人達とはいえね。と思ったときに、関ジャニ∞は、リハの段階からムードを作っていた。いいムードを!」
「そうなのかねぇ・・・」
「もうすげえそれ思ったよ!屈託なく笑ってたもん大倉くんも!」
「そぉお?」
「音聞こえないのよ。あれ音量上げればよかったのかな?モニターってね、音聞こえないのよ」
「あぁ、表情だけ?」
「表情だけ見てたんだけど、なんかが起こっててすっごい笑ってたりとか、途中でサングラスかけたりしてたでしょ?リハの途中からサングラスとったりかけたりしてたじゃん」
「なんかねぇ、今回、全然紹介されてなかったけど、曲の中で、ひとりずつ・・・小節で言ったらわかれへんかな。5秒、6秒とかの時間を設けるので、罪な男感を表現してくださいって言われたんですよ」
「おぉぉ」
「で、ひとりずつあったんですよそういう時間が。で、あったんやけど、いやなにしていいかわかれへんみたいになって、おれリハのときは自分のおっぱいとか揉んで『あはぁ~ん』みたいな・・・」
「見てた!おれ見てたわそれやってたやつ!」
「ってしてて、リハ終わってチーフにめっちゃ怒られて」
「えぇ!?」
「『いやアレほんまやめてくださいね』って。え、あかん?って。『いや違うのにしてください』って。で、どうやらMステスタッフさんがPVを見てくださったらしくて、PVでそういうシーンがあるんすよ。ひとりずついろんなサングラスのはずし方をするみたいな、罪な男感を演出するみたいな。で、それをしてくださいと。それをMステの本番中に表現してほしいんだけど、まぁ、PVやったらまぁそういう作品的なことになるから恥ずかしさもないじゃないですか。エフェクトとか、スローになったりとかあるからええけど、生の感じでやるの・・・っていうのを、みんな試行錯誤してたの、あのあいだ」
「そういうことだったんだ!」
「だから、その、やってるあいだ、ちょっとこれ長くないですか?っていうのを、カメラさんに向かって喋りながらやってたの。長い?長いっすよね?って。長いっすね~みたいな」
「そうなんだ。おれそれがモニターから見てたらさ、カメラさんとかね、ああいうスタッフの人ともフレンドリーに話してるし、チームなのかなって。そこも。仲良しなのかなとか思っちゃって」
「でもMステのスタッフさんも、きっと関ジャムのスタッフさんで来てくださってる方もいらっしゃるだろうし、っていうのはありますね」
「感じた。だからそれもすごい勉強になったし、あとは本番の堂々とした感じとか、いい意味で今の大倉さんと変わらない感じなのかもしれないし、でもそれが昨日はすごく大きく見えた」
「ええ?でも優くんも変わらへんやんか」
「あっそうだった?おれ緊張してたからもっと小さく見えたりしてるのかなと思ってた」
「いや全然、全然!」

 

優くんの最初の座り位置がタモリさんのとなりだったからフィフスハーモニーが自分のことを司会だと思ったんじゃないかと思った話から

 

「コミュニケーションはあったんですか?そのときの」
「いやおれその印象があったからなのかなと思ったけど、めっちゃ話しかけられたのね」
「おぉ」
「おれのとなりに座ってたフィフスハーモニーの人に。で、おれの左隣には村上くん、右隣にはフィフスハーモニーだったの」
「うわ、えらいのに囲まれたなそら」
「(笑)それで、村上くんってさ、すごい、それこそ自然体じゃん。いつも」
「そうねぇ」
「で、僕も食事させてもらったりとか仲良くさせてもらってるから」
「変わらんよね」
「そうそうそう!いっつもどおりな感じで・・・声かけてきてくれるわけ!『いやぁ~よかったんちゃう?』みたいな、『落ち着いてたなぁ!』みたいなこととか言ってくれたり」
「(爆笑)どこの大御所やねん!誰よりも大御所やな!」
「で、うれしくて、ありがと~って言って、さっきの話とかしてたら、すごいその、フィフスハーモニーの人が村上くんと話したそうだったのよ、めっちゃ」
「おぅおぅおぅ!」
「でも村上くん、そんなに英語すごい流暢なわけじゃないじゃないですか」
「まぁね、それは結構知ってると思いますよ、ファンの方は。そういう(クロニクルの)コーナーもあるんで」
「あ、そうなんだ。で、全然話されないじゃないですか、英語。もぉー・・・(笑)『がんばれ!って(英語で)なんて言うん?』っておれに聞いてきて、グッドラックだと思いますよって言ったら『わかったわかった!』ってフィフスハーモニーが行くときに『ファイト!ファイト!』とか言ってて、グッドラックって言わないんだみたいな・・・」
「『レッツゴー!レッツゴー!』とか言ってたよね」
「『レッツゴー!レッツゴー!』とか言って・・・」
「めっちゃ言うのよ、わからんくせに!めっちゃ言うし、マルも、いっちばん最初ランスルーのとき入ってきたときに、なんか・・・(まるちゃんとフィフスハーモニーの挨拶の話。丸山=サークルマウンテン)」

 

エイトのパフォーマンスにフィフスハーモニーは「イエーグーッド!」と盛り上がってくれました

 

「で、村上くんと喋りたそうな僕のとなりのフィフスハーモニーの人は、あのー、なんか聞きたいんだけど、どうしようかみたいな感じでずっとちろちろ見てたの、村上くんのことを」
「うん」
「だからおれが村上くんに、ちょっとイタズラ心でさ、ちょっと、フィフスハーモニーずっと村上くんのこと見てるよって、もしかしてちょっとアレなんじゃない?意識してるんじゃない?って学生の、男子校ノリでさ、言ってみたの。そしたら村上くんああいう人だからさ『マジで?マジで!?マジか・・・どうしようマジか・・・じゃあグッドラックって言ってみようか・・・』ってなって、いやいやもう終わったからグッドラック言わなくていいよって」
「(爆笑)なにに?ってなるからね!」
「すげーマジになって。マジになってって言うか、お互い会話をしたくなって、なんでかおれが通訳みたいになって」
「通訳さんいるのにね」
「そのフィフスの人が、日本人なら誰でも言う言葉を教えてほしいと、この機会に」
「おぉ!」
「ありがとう、とかしかわかんなかったのよ。だから、なんかあるかなぁって言ったら村上くん『いただきます、っていいんじゃない』って」
「・・・いただきます?」
「でもいただきますっていうの日本人だけじゃないかって。だからすげー難しくてさ、でもいただきますって言ったらそのフィフスの人は覚えたいもんだから『イタ、イタダキ、イタダキマス』みたいに言ってんだけど、英語でそれなんて言うんだ?ってなって」
「そうだねぇ」
「だからレッツイーティング!みたいなこと言ってみたけど、すごいクエスチョンマークのまんまで」
「そりゃ言わないもんね。ハーイ!レッツイーティング!って言わないでしょ!」
「あと『かんぱーい!』とか、いろいろ教えてた」
「あぁ~」
「だからちゃんと歌う人たちの話とか聞きたい、聞こうよってとこもあるじゃん。って言いながらも、フィフスのおれのとなりに座った方がフレンドリーでせっかくだからいろいろ聞きたいって」
「そうだよねぇ」
「で、クール!とか、褒めたい、みたいなこと言ってたの。男性を。で(クールとかスマートとかいうのは日本語で)かっこいいって言うんだよ、って言ったの。そしたら(フィフスの人が)『カコイイ?カコウィイ?』って言ってて、そしたら村上くんが『それ関西弁やん!』ってつっこんでて『なんで関西弁教えてんねん』って」
「誰に笑いとりたいねんそのツッコミ!」
「それをおれら3人でえんえんやってたんだよ!で、それが結構抜かれてて、おれら3人だけ誰の話も聞いてないやつみたいに見られてなかったかなって心配になっちゃって」

(ちなみに大倉くんはずっとまるちゃんと悪ふざけしてたから見てなかったとのこと)

 

エンディングの話

 

「昨日のミュージックステーションの終わりみた人いる?エンディング」
「あ、エンディングね」
「あれはおれもう答え出てないよ」
「あれがミスなのかどうなのか?いやあれは優くん完全にされるがままやったからね。優くんこのジャケット着て!って」
「そうそう、最後のエンディングのやつが始まる前のCM中にみんなで並ぶんですけど、僕のとなりに関ジャニ∞さんだったんですよ。そしたら、え?誰がし始めたんだっけ?急に、あれよあれよという間に僕に関ジャニ∞が着てるシャツを着せた人がいて、誰かが・・・あれ誰の帽子だったの?」
「すばるくんじゃないかな?」
「あ、すばるくんのかぶってた帽子をなぜか僕にかぶせて。で、メガネかけていいっすかとか言われて、かけてもらって。僕メガネ外して。これ全然ちっちゃなことだけど、おれ全国ネットのテレビでメガネ外したの昨日初めてだったんですよ」
「えぇ!?マジで?」
ツイッターとかではよく外してたけど」
「脱チェリーボーイ?」
「なんでそうなるの!なんで急にチェリーが出てくるの!」
「メガネチェリーね」
「裸眼チェリーじゃない?裸眼チェリー。裸眼見せちゃったの」
「恥ずかしいね」
「だからさ、失敗なのか成功なのか、僕からしたらありがたいわけですよ。関ジャニ∞の中に入れてもらってさ(衣装を)着てるからさ、メンバーかのようにさせてくれたわけじゃないですか。僕からしたらただただ光栄だし、ただ関ジャニ∞のファンの人からしたら『どけよおまえ!』ってことじゃないですか」
「そんなことなってないよぉ」
「そぉ?避けてーって、錦戸くん見えなーいみたいなことあるかなと思って」
「いやだからもう・・・それ自体、だいたい僕が後ろなんですよ。ここに関ジャニさん並んでください、2列になってください、3、4で!ってなるんですよ。もう1分くらいしかないじゃないですか。おれいつどおり後ろおったんですよ。後ろおったら『大倉さん!高橋さんの横で!』って」
「だったねぇ」
「え、え!?言うて。で、そこからカメラがいくみたいな感じだったじゃないですか。クレーンのカメラがきて、おれらからなんや!ってなった瞬間にみんな、それやったらアロハ貸すわ~帽子かぶってメガネ貸して~みたいなことになったんですよ」
「あの瞬発力ったらないね!早かったもん!」
「なにをしようとしたのかわからないよみんな」
「いやいや、おかげで僕もたくさんテレビに映らさせてもらったのもあるし」
「いやいやそんなことないよ」
「でもエンディングで急にメガネ外して柄々のシャツ着させてもらって、誰!?ってなってないかなって・・・」
「メガネ外したら急に変わるもんね。あれ関ジャニ・・・!?どこの部分歌ってるうひとやったっけ・・・?ってなるよね」
「僕の中では楽しいエンディングだったよ」

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「関ジャニ∞の元気が出るLIVE!!」1/17公演を終えて

1月17日のこと。わたしと相方は「もう時間なのになかなか始まらないね」「オーラスだからなにかあるのかな」とのんきな会話をしながら、双眼鏡やペンライトの準備をして、いつものように開演を待っていた。そのままオープニング映像もなく、ほぼ開演時間になった頃、ステージ上にコンサートの始まりとは程遠い雰囲気をまとったメンバーが出てきた。いつもとは明らかに違うメンバーの様子から、ああ、これからなにかよくないお知らせがあるんだ・・・と気付かされた瞬間の、不安と恐怖でいっぱいになりながらからだじゅうの血の気が引く感覚は、忘れたいのに、今でも鮮明に思い出す。瞬間的に湧き上がったさまざまな想像に覚悟できるはずもなく、冷静になんてなれないまま・・・メンバーが口を開く頃になって気付いたのが「大倉くんがいない」ということだった。

 

オーラス公演の日、わたしは大倉担の友達と「なんで大倉くん、こんなにずっと元気がないんだろうね」という話をしていた。むしろオーラスのその日だけでなく、元気が出るLIVEの期間中、その友達とはずっとその話をしていた。今回のツアー中は、体調のことだけでなく、大倉くんの元気がないことがずっと気になっていた。なにか悩みでもあるのか・・・なんて話をしながら、こんなことを言うもんじゃないとは思いながら・・・大倉くんが思い悩みすぎて、関ジャニ∞からいなくなったらどうしよう・・・そんなむちゃくちゃなことを話した。それがあのオーラス公演前だった。帰りの新幹線で友達と連絡をとりながら、あんな話をするんじゃなかったと後悔した。こんなことになるとは夢にも思わなかった。

 

オープニングからしばらくはずっと泣いてた。何回も何回も「なんで大倉くんいないの」って言いながら、ずっと泣いてた。キングオブ男で村上さんとやすちゃんがふたりだけで掴み合ったときも、モンじゃいビートでメンバーが大倉くんのうちわを出したときも。悲しくて、さみしくて、こんなにも次から次へと新しい涙が出ることがあるのかと思うくらい、ずっと泣いてた。泣いて、笑って、グッときて、また泣いて・・・公演が終わるまで、ひたすらその繰り返しだった。

 

あの日のメンバーは、いつも以上に関ジャニ∞をまっとうしようとしていた。こんなときでも・・・というよりは、こんなときだからこそ、いつも通りの関ジャニ∞らしさを発揮しようとしていた。ああいうかたちになったあの公演そのものには非はなかった。いい公演だった。それでも、そんなプレミア感だけでああいう公演がいい、とはまったく思わない。もちろん大倉くんを責める気持ちは微塵もないけれど、ああいうことは二度と起こってほしくない。だけど、やっぱりあの公演はいい公演だったと思うから、賛否両論あるだろうし見る見ないも買う買わないも(この場合に限らずどんなときも)その人の自由だけど、わたしは楽しみにしてる。本編以外の内容には蛇足な部分もありそうだし公式の煽りにはもやもやするけど、それがあの公演に影を差すことにはならない。でも、いちおう書いとく。

 

ツアーやるからには映像化する、っていうことははじめから決まってることなんだから(たぶん)(だからメイキングいっぱい撮ってるんでしょ!)やっぱり差し替え用のものでなくまるごとその日をセル版にできるぐらいの収録予備日はつくるべき・・・そんなガッチリの撮影日×2日分の予算がとれないとは・・・言えないでしょう、これからは・・・知らんけど・・・。

 

公式もパッケージも不必要な言葉で飾り立てすぎ!無駄なドラマを後から足すな!話を盛るな!わりとポエマー気質のわたしもあのドラマチック感を押し出した失言の数々にはかなり引いた。あの公演を出すなら出すで(あの公演しか出せないなら出せないで)ジタバタしないで黙って出せ!あとからあーだこーだ言うのは逆に安っぽくなるからやめてほしい。あの日のいろんな気持ちを土足で下品に踏みにじられた気分。あと、数字の表現は本当にやめてください。こちとら7の字ですらウッ・・・となるというのに。

 

 

 

いろいろあった「関ジャニ∞の元気が出るLIVE」1月17日オーラス公演。個人的には、わたしが見た11公演の中では、オーラスの渇いた花が、音も空間もふたりの空気感においても、なによりいちばん美しい時間だったので、とにかくそれが楽しみで・・・大切すぎてしまいこんだ宝石箱の中から絶対に出せないと思っていたふたりが、映像として残るなんて・・・こんなことがあっていいの・・・苦しい・・・好き・・・永遠なれひなすばちゃん・・・。

 

なに言ってるのかわからないので買ってきます。ドキドキ。

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